皇土に百万の精兵在り、米軍と雖も之を侵すを得ざる。奚ぞ恐るゝことやあらん

第12方面軍は大日本帝国陸軍の方面軍であり、第1総軍に属する本土決戦兵団の1つ。通称号は兵団、軍隊符号は12HA。

概要

硫黄島陥落、比島決戦敗北と緊迫する情勢の中、いつ敵が上陸してくるとも分からない皇土の防衛を期するため、在本土部隊の再編成が実施された。1945年1月22日、第11・12・13・15・16・17方面軍編成発令。帝国にとって最後の紀元節となった2月11日を以て正式に編成された。このうち第12方面軍はいわゆる関東甲信越地方(東京府と神奈川・埼玉・千葉・茨城・栃木・群馬・山梨・長野・新潟の1府9県)と静岡県の富士川以東を所轄地域とし、同時に編成された東部軍管区司令部を軍政担当として帝都防衛を目標に戦備を進めた。
第12方面軍は第16方面軍(九州地方の防衛を担当)とともに敵の主攻方面と思われる地域を担当したため、16HAとともに最優先に最新装備が回された。例としては米軍のM4中戦車「シャーマン」に対抗できる能力を持った三式中戦車「チヌ」が集中配備され、M26重戦車「パーシング」と互角に戦える五式砲戦車「ホリ」も量産に移行し次第、第12方面軍に配備される予定であった。しかし砲兵戦力は大変お寒いもので、野砲が配備されるべき師団砲兵などは定数に満たないほどの迫撃砲を配備してお茶を濁しているだけであった。新編兵団には小銃さえ行き渡らぬ状況であり、この防備状況に昭和天皇が苦言を呈したという話さえ残っている。

麾下部隊

第36軍

戦車第1師団(拓兵団)
日本初の機甲部隊である独立混成第1旅団(初代)の後継部隊である第1戦車団を基幹に1942年6月に編成される。編成後は機甲軍隷下に属して訓練を行う。1945年3月、師団は緊迫する本土情勢に対応するため関東地方に転進し、第36軍戦闘序列に編入。師団司令部を栃木県佐野として機動防衛の構えをとる。
  • 戦車第1聯隊:1071名
    装備:戦車・装甲車計173輌
  • 戦車第5聯隊:1071名
    装備:戦車・装甲車計173輌
  • 機動歩兵第1聯隊:3029名
    装備:戦車・装甲兵車計232輌
  • 機動砲兵第1聯隊:1506名
    装備:自動車73輌、装甲車89輌
第81師団(納兵団)
1944年4月、留守第51師団(宇都宮師管区)を基幹に宇都宮で編成。編成後、7月に第36軍戦闘序列へ編入された。その後は衛戍地である宇都宮で訓練等をしつつ、食糧不足の中で自活のため農業も営んだ。1945年6月、茨城県結城に進出。編成地と補充担任が一致し、若年兵の多い貴重な現役兵団であった。
  • 歩兵第171聯隊(宇都宮)
  • 歩兵第172聯隊(水戸)
  • 歩兵第173聯隊(高崎)
  • 野砲兵第81聯隊
    装備:(改造?)三八式野砲24〜48門と推定
    自動車保有の記載なし
  • 工兵第81聯隊
  • 輜重兵第81聯隊
  • 第81師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲、または一式機動四十七粍速射砲14門?と推定
    自動車67台を保有することから一式機動四十七粍速射砲の可能性大
  • 第81師団通信隊
  • 第81師団兵器勤務隊
  • 第81師団衛生隊
  • 第81師団第1野戦病院
  • 第81師団第4野戦病院
  • 第81師団制毒隊
  • 第81師団病馬廠
第93師団(決兵団)
1944年7月、留守第52師団(金沢師管区)を基幹として陸軍歩兵学校、陸軍野戦砲兵学校、陸軍工兵学校の人員を補充し編成。編成後直ちに第36軍戦闘序列へ編入された。当初は御殿場に師団主力を置いたものの、情勢の変化に伴って1945年6月に千葉県松戸に進出。
  • 歩兵第202聯隊(富山)
  • 歩兵第203聯隊(金沢)
  • 歩兵第204聯隊(富山)
  • 騎兵第93聯隊
  • 山砲兵第93聯隊
    装備:四一式山砲24〜48門と推定
    山砲故定数増加しているやも知れぬが、81Dより人員、士官、馬匹多し。
  • 工兵第93聯隊
  • 輜重兵第93聯隊
  • 第93師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲、または一式機動四十七粍速射砲14門?と推定
    自動車67台を保有することから一式機動四十七粍速射砲の可能性大
  • 第93師団通信隊
  • 第93師団兵器勤務隊
  • 第93師団衛生隊
  • 第93師団第1野戦病院
  • 第93師団第2野戦病院
  • 第93師団制毒隊
  • 第93師団病馬廠
第201師団(武蔵兵団)
1945年1月編成発令、4月編成完結。東京師管区で編成された機動打撃兵団の一つである。急造兵団に共通する欠点として30代後半程度の老兵や徴兵年齢未満の少年兵が多いこと、兵器の充足率が非常に悪いことなどが挙げられる。編成後東京都国立に移動し、連合国軍の上陸を待ち受けた。
  • 歩兵第501聯隊(東京・麻布)
  • 歩兵第502聯隊(甲府)
  • 歩兵第503聯隊(佐倉)
  • 迫撃第216聯隊
    装備:二式十二糎迫撃砲36門
  • 野砲兵第216聯隊
    装備:三八式野砲24門と推定
  • 第201師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲14門未満と推定
  • 第201師団機関砲隊
  • 第201師団工兵隊
  • 第201師団輜重隊
  • 第201師団通信隊
  • 第201師団兵器勤務隊
  • 第201師団第4野戦病院
第202師団(青葉兵団)
機動打撃兵団の一つ。仙台師管区で1945年4月に編成され、第36軍戦闘序列に編入された。以後は高崎に在って連合国軍の上陸を待つ。
  • 歩兵第504聯隊(仙台)
  • 歩兵第505聯隊(会津若松)
  • 歩兵第506聯隊(山形)
  • 迫撃第202聯隊
    装備:二式十二糎迫撃砲36門
  • 野砲兵第202聯隊
    装備:三八式野砲24門と推定
  • 第202師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲14門未満と推定
  • 第202師団機関砲隊
  • 第202師団工兵隊
  • 第202師団輜重隊
  • 第202師団通信隊
  • 第202師団兵器勤務隊
  • 第202師団第4野戦病院
第209師団(加越兵団)
機動打撃兵団の一つ。金沢師管区で1945年4月に編成され、第36軍戦闘序列に編入された。編成完結前に石川県津幡で終戦を迎える。
  • 歩兵第513聯隊(金沢)
  • 歩兵第514聯隊(富山)
  • 歩兵第515聯隊(金沢)
  • 迫撃第209聯隊
    装備:二式十二糎迫撃砲36門
  • 山砲兵第209聯隊
    装備:四一式山砲24門未満と推定。そもそも山砲があるかさえ怪しい
  • 第209師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲14門未満と推定
  • 第209師団機関砲隊
  • 第209師団工兵隊
  • 第209師団輜重隊
  • 第209師団通信隊
  • 第209師団兵器勤務隊
  • 第209師団第4野戦病院
第214師団(常盤兵団)
機動打撃兵団の一つ。宇都宮師管区で1945年4月に編成され、第36軍戦闘序列に編入された。編成完結前に宇都宮で終戦を迎える。
  • 歩兵第519聯隊(宇都宮)
  • 歩兵第520聯隊(水戸)
  • 歩兵第521聯隊(高崎)
  • 迫撃第214聯隊
    装備:二式十二糎迫撃砲36門
  • 野砲兵第214聯隊
    装備:三八式野砲24門未満と推定。そもそも野砲があるかさえ怪しい
  • 第214師団速射砲隊
    装備:九四式速射砲14門未満と推定
  • 第214師団速射砲隊
  • 第214師団機関砲隊
  • 第214師団工兵隊
  • 第214師団輜重隊
  • 第214師団通信隊
  • 第214師団兵器勤務隊
  • 第214師団第4野戦病院

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